戦う政宗第5回

皆殺し小手森城(ニ)

(四)
 大内は伊達の侵攻に備えて小浜城の周辺に、三つの城塞を築いていた。
 西から築館、樵館、小手森城である。
 政宗はこの戦いに岳父の田村清顕に協力を求めた。清顕が三春から出撃するためには、小手森城が邪魔になった。これを取り囲み、兵を城内に引きつける必要があった。
「清顕どのをお迎えせねばならぬ。そのためには、まず小手森を攻撃致する」
 政宗が強い口調でいった。
 清顕が三春城からここに向かうには、小手森城の全面を通らなければならない。
 敵を小手森城に籠城させれば、通過は簡単だった。
「わかりました」
 修理がひれ伏した。
 小十郎はこの戦を政宗の天王山と考えた。
 一万の軍勢に鉄砲数千丁を運び込んだのもそのためだった。
「まず攻めるのは小手森城、敵のくみした民百姓は老若男女の別なく撫で切りに致す」
 政宗を通じて、そのことも周辺に知らしめた。
 驚いた大内定綱は手勢を率いて小手森に入り、周辺の民百姓千前後を籠城させて、政宗を迎え討とうとした。小十郎の作戦は、すべてが図に当たった。
 最大のものは政宗の自立だった。
 岳父の清顕が大内の領内をまんまとすり抜けて阿武隈山系の蕨平に向かい、政宗と初めて顔を合わせた。
「おお、岳父どの」
 政宗がひざまずいて清顕を迎えた。清顕は娘婿の見事な軍団に目を見張った。
「愛姫は元気か」
 清顕が聞いた。
「米沢で吉報を待っております」
「そうか、勝たねばならぬのう」
 清顕は満足そうにうなずいた。
 小手森城は現在の安達郡東和町針道の愛宕森に広がる複雑な山城である。
 二本松から阿武隈山系に、四里ほど入ったところにあった。
 政宗は小手森城を見下ろす遠方の丘陵に本陣を構えた。
 小手森城は起伏した丘が三方、四方に伸びており、いたるところに郭があった。
 また坂をけずり取った断崖、土塁、空堀もあった。
 城の周囲には根小屋と呼ぶ侍たちの住まいが並んでいた。
「根小屋を焼き払えッ、百姓とて容赦はするな」
 政宗の怒声が飛んだ。
 町人であれ百姓であれ、すべてを皆殺しにする信長流の戦術だった。
 先鋒は藤五郎であった。
「命にかけて戦いまする」
 藤五郎がひれ伏した。
 藤五郎の陣営には戦闘に長けた小斎城主佐藤宮内がいた。勘兵衛は足軽鉄砲隊百を率い、城の東側に潜んだ。
 小手森城の後方には芦名、畠山、二階堂、佐竹などの援軍が陣を張り、その数は数千に膨れ上がった。
 父輝宗も兵を率いて駆け付けた。政宗の晴れ姿を自分の目で見たい思いと、心配で、いてもたってもいられない心境が重なり参戦した。

 八月二十三日、
 戦雲が阿武隈山系にたなびき、周辺の丘陵に幟が林立した。
 田畑には百姓の姿はなく、不思議な静けさがあった。
 突然、雷雲が広がり、バリバリと音を立てて雷が落ちた。
 それは、この戦闘が前代未聞の戦いになる前触れであった。
 翌早朝、東の空が明るくなった。朝靄のなかに赤い雲が見えた。
 陽が上り始めたその瞬間、戦いの火蓋が切って落された。
「ぐわん」
 伊達勢の大筒が一斉に火を吹き、砲声が殷々と針道の山野に響き渡った。赤い炎が小手森城に着弾し、あちこちに火の手があがった。
 根小屋にも火が放たれ、村落の民家が燃え上がった。百姓たちは城に動員されていたので、どこもも抜けの空だった。
 残っていた何人かの老婆が、
「あああ」
 と悲鳴を上げ、よろけながら裏山を目指して逃げた。
 そこに容赦なく鉄砲が放たれ、老婆は道端に吹き飛んだ。
 城に籠った百姓たちへのみせしめだった。
 小手森城を守るのは大内の家臣小形源兵衛、石橋勘解由、小野主水、荒井半内らである。 定綱も前日、この城に入った。文字どおり背水の陣だった。
 大筒の砲撃が終わると、勘兵衛の鉄砲隊が東側から横筋違いに撃ち掛け、丘陵の砦に迫った。たまりかねて敵兵が砦から飛び出し、双方が鉄砲を撃ち合った。
「いまだ、槍隊、前え!」
 佐藤宮内が大喝した。いつも先鋒が小斎勢である。
「やああ」
 小斎勢が突撃した。
戦争巧者である。勘兵衛がガンガン撃って突撃を援護した。
 勘兵衛の気迫に押され、敵は散乱し、藤五郎の兵が二の丸まで侵入し、敵兵百を討ち取る大戦果をあげた。
 味方にもかなりの怪我人が出たが、それは覚悟のうえだった。
 生首が城の周辺に吊された。
 城内から悲鳴が漏れ、動揺している様子が前線基地まで伝わって来た。
「してやったり」      
 政宗は初戦の大戦果に喜んだ。
 夜、大内勢は夜襲を掛けてきた。伊達の戦闘小屋に火をかけられ、何人かが殺された。
(五)
 戦いは一進一退だった。大内勢も士気は高く、依然として城は落ちなかった。
 八月二十六日、政宗は自ら陣頭指揮し、三千丁の鉄砲を並べて城に撃ち掛けた。
 雨、霰の銃撃であった。すると大内の家臣石川勘解由が城門を出てきた。
「城を引き渡し、小浜に引き上げたい」
 勘解由が申し出た。
「ならぬ!」
 政宗が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「そのような勝手なことは聞けぬ」
 政宗は怒りを爆発させ、一気につぶせと藤五郎に総攻撃を命じた。
 藤五郎が山に入って枯れ木を集め、砦の周辺に積み上げた。
「火を掛けよ!」
 藤五郎が大喝した。藤五郎の兵が積み上げた枯れ木に、次々と火をつけた。
 この日は強い風が吹いていた。
 火は風にあおられ、轟々と音を立てて城に迫った。
 やがて火は猛烈な勢いで城の建物や小屋に燃え移った。黒煙が空まで届き、火の勢いはますばかりである。
「一人残らず討ちとるべし」
 政宗は前線基地に次々に命令を出した。
 ここで徹底的に勝利しなければ、やられるという危機意識があった。
「いざ殲滅せん」
 本陣に控えた小十郎も、きっと前方を睨んだ。
 小十郎が総攻撃と判断した。
「参るぞ!」
 小十郎が、残る三千の兵を率いて飛び出し、城内に突入した。
 城内は大混乱に陥っていた。
 初めは溜め池の水で消火に当たっていたが、小屋という小屋に火が燃え移り、手がつけられなくなっていた。
「助けてくれ!」
 百姓たちは騒ぎだし、我れ先に城を抜け出した。
「容赦致すな!、すべて討ち取れッ」
 小十郎と藤五郎は容赦せず鉄砲隊に発砲を命じた。
 二の丸の入り口まで攻め込んだ勘兵衛の鉄砲隊は、激しい勢いで鉄砲を撃ち続けた。百姓たちは驚いて城に逃げ戻った。だが城内は火の海である。
 兵は軍装をかなぐり捨て、刀も槍の弓も鉄砲も捨てて、百姓の着物を奪い取って、堰を切ったように、城から脱出を始めた。
 中には伊達勢の包囲網をかいくぐり、脱出した者もいたが、大半は鉄砲で撃ち殺され、いたるところにおり重なって倒れた。
 勘兵衛の鉄砲隊は、勇猛を極めた。二の丸から本丸にまで突入し、抵抗する大内勢を追い詰めた。
 午の刻に始まった総攻撃は申の刻には伊達軍の完全勝利に終わた。
 大内勢は八百人の死者を残し、残りは勝手知った間道を通り、ほうほうの体で小浜城に逃げ帰った。小手森城の後方には大内の本隊、畠山、二階堂、芦名、佐竹らの応援部隊が控えていた。彼らもここぞと逃れる兵を追撃した。
 大内勢は全滅といってよかった。
 藤五郎と宮内は残党狩りを行い、敵兵は見つけ次第、槍で突き殺した。
 この日の夕刻、政宗はまだ燃え続ける小手森城を見て回った。
 城内は見る影もなく焼け落ちていた。
「大内の首は一人残らず、晒すのだッ」
 政宗は鬼となって将兵を叱咤激励した。
 八百余の首が、あるいは樹木に吊され、あるいは竹矢来に吊され、道端に並べられた。 鬼気迫る恐ろしい光景だった。
 政宗はこの模様を周辺諸国の広げんと、領民を動員して見物させた。
 敵も死に物狂いだったので、味方にも多くの死傷者がでた。
 その数は三百にも達し、大内勢も必死に戦ったことを示していた。
「戦死者は手厚く葬るべし」
 小十郎が将兵に命じ、付近の寺に収容した怪我人を政宗とともに慰問し、奮戦ぶりを称えた。
 政宗は怪我人には最大の配慮をした。見舞いの金子を渡し言葉をかけ、伊達の棟梁としての役割を見事に果たした。人を率いる天性の才能があった。
 伊達勢のなかで、もっとも犠牲が多かったのは、小斎の佐藤宮内の兵だった。
 伊達家では新参者である。必死に働くしかなかった。
 三百人ほど連れてきた兵のうち、三十人ほどの行方が分らなくなっていた。勘兵衛の報告に佐藤宮内が顔をゆがめた。よくいえば奉公替え、悪くいえば寝返った佐藤家である。伊達家のために死を決して戦うしかなかった。
 勘兵衛は部下たちと山野を捜し回った。
「親方、仁作が胸を割られて死んだ」
 足軽の五兵衛が真っ青な顔で飛んできた。
 場所は北西の大手の辺りの草むらだった。
 目をえぐり取られ、左手も切り落とされ、見るも無残な姿だった。
 仁作は鉄砲の名手だった。敵の陣中深く入り込み、不覚にも囚われたのだろう。
 勘兵衛は首を小斎に運ぶよう部下に命じた。
 五頭の馬に菰にくるんだいくつもの首がくくり付けられ、小斎に戻っていった。
 仁作には年老いた親と女房子供がいた。その嘆き悲しむ姿が目に浮かんだ。勘兵衛はおもわず落涙した。
 ここから小浜城に向かう道筋に、伊達勢の兵士の斬殺死体がいくつも樹木に吊されていた。手足のない者、睾丸を切り取られた者、衣服を剥ぎ取られた婦女子の無残な屍もあった。婦女子はいつも戦の犠牲者だった。
 百姓たちが盗まれないようにと、牛馬を城に運び込んだので、何百頭もの牛馬が焼け死んだ。どこもかしこも無残だった。
 政宗が城内を見回った。
「頑張ってくれた」 
 政宗が宮内や勘兵衛のところで足をとめた。
 累々と横たわる死骸を目の当たりにして、政宗も思わず目をそむけた。
 野山に遺体が散乱し、夏なので早くも悪臭を放ち、野犬や烏が骸を食いちぎっていた。「くくく」
 政宗は、一人になると、身をよじって泣き崩れた。
 政宗も人の子であった。
  
 
 



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